結局、お互いさまで成り立ってるんだよね。やっぱり人類みな兄弟かな。

ちょっと感慨深い出来事が
あって思いを巡らせているので
書き残そうかと思う。


普段からなるべく
人に迷惑をかけないように
気をつけてはいるんだけど、
図らずも迷惑をかけちゃう
事がある。


そんな時は誠心誠意
謝罪するのだけれど
ほんとに快く対応して
戴いたり、逆に手助けして
いただく場合がままある。


昨今は、心を失ったような
人も多く見られる一方で、
こんな人もいてまだまだ
捨てたもんじゃないなと
本当に感じる。


でも立場がかわったり
状況が変わったりすれば
みな人を助けてる事もあれば、
迷惑かけてる事もあるんだよなあ。

自分が認識する、しないに関わらず。

結局、お互いさまなのだよね。

恕─ひとに求めない生き方

恕─ひとに求めない生き方

自分が怒りを感じた時に、
この考えが無意識に出来るように
なると良いなと思う。


まだまだ俗人、
精進しないとね。


《与える人》ってすごいよね。

あたえる人があたえられる

あたえる人があたえられる

自分を犠牲にするっていうのは
少し違うのかなと今はまだ思う。


やっぱり自分に余裕がないと
本当に与える事は出来ないのかなとも。


偽善になっちゃうと
お返しを求めたりしてね。


だからまずは自分を
満たしてあげてから、
こぼれでる《愛》みたいなのを
人に分けてあげる方が
永く与え続けられるのかなと思う。

愛とは、怖れを手ばなすこと (サンマーク文庫 E- 45)

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自分が満たされていない状態で
人に与えると《減る》感じが
しないですか?


何かが減るような、
お返しを期待するような、
計算的というか。


ところが、
自分の心が安定していて
人に与える時は
《減る》感じがしないし、
見返りも全く求めていないし、
計算なんてもちろんしていない。


常にそうであれれば良いのだけど
なかなかそうもいかない。


僕がまだまだ未熟だからだろうけど。


とても大きな成果を残す人たちは
知ってか知らずかそれが
出来ているんだろうなと思う。


端から見れば犠牲のように見えても
本人は満足してやってる場合もあるし、
本当のところは本人にしかわからない。

マザー・テレサ あふれる愛 (講談社文庫)

マザー・テレサ あふれる愛 (講談社文庫)

なかなか人生奥が深いよね。


だから面白いんだけど。


今回お世話になった方々に
菓子おり持って行こう。